ただここに40数年前(昭和37年)に鉄道の駅があったことを知る人も少なくなったのではないか。草軽電鉄という列記とした会社が存在した。大正4年に新軽井沢駅から小瀬温泉までが開通、大正15年には新軽井沢ー草津温泉間全線55.5キロを約3時間半弱で結んだ。55キロを3時間半とは平均時速15.8キロ。いかに難路を走っていたかという証明である。私はこの路線を「天空を走る奇跡の鉄道」とでも呼びたい。それは新軽井沢から旧軽井沢のロータリーを左折し、三笠通りを直進、現三笠パークの入り口を左折、それから離山の裏、ちょうど旧軽井沢ゴルフ倶楽部を見下ろすように鶴留までかけのぼり、旧軽地区をはるか眼下に見渡しながら小瀬温泉へ。そこから車窓に浅間山をのぞみながら、まさに高原地帯を北軽井沢方面に抜ける。以前にその鶴留から、小瀬に到る道は車でたどり廃線跡を確かめた。今回は鶴留から三笠パークへの道を発見したいと意気込んだ。未舗装の砂利道をくだりはじめる。先日車検でタイヤをブリヂストンに替えたばかりと一瞬頭をよぎる。くだっていく正面に旧軽井沢ゴルフ倶楽部が視界に入る。このゴルフ場の旧さからいえば、当時はゴルフ場の裏を登山電車よろしく、この軽便鉄道が走っていたのだ。ゴルフプレーヤーのナイスショットのボールの先には、急勾配を登る草軽の姿があったかと思うとそれだけでアドレナリンは上昇する。何箇所か分岐の道で迷う。ただ判断としては勾配だ。鉄道としての限界はあるはず。自ずと緩い勾配を選ぶ。それでもここを電車がと思うような勾配が多々あり、ここが廃線跡かと自信を失うような場所は数箇所見受けられた。ただ山の斜面にそって平行に走る3本の道しかないのでそのいずれかであることは間違いない。最後の三笠パーク入り口へ到る道は間違いなく1本に絞られるので、これをもって今回の廃線走破の目的は達せられた。時間がある人は季節のよい時に歩いてみるのもよい。かなりしっかりした山歩きになるであろう。
そんなことをしているうちに3時近くになってしまった。旧軽の山荘に戻り。ひやっとする風をベランダであびながら少し午睡。晩飯をどこにしようかなど考えつつ贅沢な夕方。
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