2009年05月04日
引き続き落語
いましがた志ん生の「寝床」を聴く。NHK落語名人選だが、いつの録音だろう少しかつ舌が悪く聞き取りにくい。
2009年05月03日
一番町の「日本カメラ博物館」
どこか家の近くで穴場はないかと探していたら、あったあった行ってないところが・・・。それは千代田区一番町の「日本カメラ博物館」。英国大使館の裏である。以前から気になってはいたが足が向かなかった。これは良い機会。自宅からも10分かからず。おとな一人300円。館長は国会議員の森山真弓先生。夫の欽司氏が大のカメラファンであったようだ。いつもは日曜日休館らしいがGWだからか今日はやっていた。カメラのことはそんなに詳しくないが、明治時代からの日本のカメラがずらり勢揃い。現存する国内メーカーで一番古いのはコニカ(創業時は小西六)だったのは意外。他にもいまや存在しない数々のメーカーがあったこともわかる。中にはあのオードリーヘプバーンの「ローマの休日」でグレゴリーペックの相棒のカメラマン(エディアルバート)が、王女のお忍びを姿を隠し撮りする際使用したライター形式のカメラが日本製だという発見もありなかなかの収穫。NHKの大河ドラマ篤姫で使用したカメラも展示。海外各国のカメラも多数そろえてあるが、やはり概して日本のカメラはデザインも優秀。対抗馬はやはりドイツのライカくらい。展示コーナーの隅にある、スパイが隠し撮りに使ったであろうカメラの数々が映像つきで懇切丁寧に扱われていたのが何となく場違いで面白かった。帰り際、隣のビルのJCIIフォトサロンにも立ち寄る。ここは無料。写真家の展示ものが見られる。
2009年04月04日
千鳥が淵のお花見(その2)
今年できた展望台は最初の写真。まさに黒山の人だかり。最後の写真は千鳥が淵にあるイタリア文化会館で「イタリアブックフェア 日本語でよむイタリア」展をやっていた。イタリア関連の本がこれだけ一同に揃っていることも貴重だが(紀伊國屋書店の出張販売)、片隅の一角で「須賀敦子の蔵書展」もやっていた。いま熱をいれあげている作家の蔵書(上智大学に寄贈したもの)、自筆入りの本や、彼女のメモ、著作にでてくる実際の本の展示などもしてある。ファンにとっては貴重な場所。明日4月5日まで。そのコーナーにほとんど人が居なかったのが少し寂しかった。イタリア文化会館では入り口では、デロンギのマシーンでエスプレッソの無料サービスあり。粋な計らいだ!


千鳥ヶ淵のお花見
2009年03月29日
須賀敦子「ミラノ 霧の風景」を読む
先日から没頭している「須賀敦子」。その代表的エッセイ「ミラノ 霧の風景」を読了。まずは須賀自身が1960年代に単身異国の地ミラノでこのような経験をしていたことに驚く。刊行は1990年、初出は1985年〜なので回想の形式はとっているものの、その文体は何か自分の夢の中の物語を語っているようにも思える。その雰囲気が表題のミラノ名物の霧と融合し、何ともいえない須賀ワールドを演出している。とにかく語学を自由に操り職を得て、若くして死別するイタリア人の夫、その友人、家族に囲まれた生活を体験した者でしかかけない珠玉のエッセイの数々。もちろん後年になって身に着けたであろう深い教養と知性にも裏付けられた分厚さも備える。
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NHKニュースのコメントに感動
先日寝台特急ブルートレイン 「はやぶさ」「富士」の廃止で、その最終列車をNHK7時のニュースでとりあげ、武田真一アナが「私もこの列車で故郷をあとにしました。さようなら」と名文句で締めくくった。熊本出身のようだが何とも粋なコメントである。紅白の起用も決まるぐらいの勢い??で反響が凄いらしい。かつての鉄道ファンとしてはEF65で牽引される姿を見たかったが、もう1台も現役では活躍していないのであろうか? 元々EF66は貨物牽引のためのものであったはず。なんて野暮なことも考えた。
2009年03月22日
「須賀敦子」に出会う
好きな作家池澤夏樹氏が折につけとりあげていた人なので、気になっていたがこの週末に出会いを果たす。その名は「須賀敦子」。知る人ぞ知るであろうが私は初めて。本のタイトルは「須賀敦子のミラノ」(文・写真 大竹昭子、河出書房新社)。須賀のミラノ在住の追体験と少し観光ガイドも兼ねたような本。ミラノという都市を須賀の人生を通じ、その明暗を巧くあらわした好著。落ち着いた写真も好きだ。間違いなく須賀敦子ファン、ミラノ好きになるような気がする。須賀の命日の3月20日に出会ったのも奇縁。
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2009年03月09日
軽井沢の山荘2日目
寒くても空気がきれいなのか、よく寝られる。カーテンから日が漏れていることに気付き心地よい目覚め。ベランダで朝食といきたいくらい良い天気であるが風はしっかりと冷たい。年のせいか2年前からめっきり寒がりとなっている。ユニクロの「ヒートテック」はまさに天恵。重宝している。一昔前なら朝の散歩というところだが、いまは部屋でじっとしているという信条。でもやっぱりあまりにも美しい風景に冒頭の写真を1枚撮った。山荘より離山越の浅間山山頂を。噴煙も少量ながら望遠でとらえた。さすがに昼には外出。知る人ぞ知る「Ogosso」(オゴッソ)へ。軍鶏の親子丼を注文する。帰りは「丸山珈琲」で「丸山珈琲のブレンド」を買う。東京にも持ち帰るためだ。あとは平安堂で立ち読みしたくらい。早々に帰宅。メインの通りもまだ人はまばらだ。三時頃から風呂に入る。その後部屋でアーノンクール指揮、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスのバッハ「マタイ受難曲」(2000年5月録音)をまどろみながら聴く。至福の時。夜は「ASANOYA」で買ったパンにハム、チーズ、地元の野菜をはさみながら簡単な夕食。信濃ワイン「葡萄交響曲 作品201」の赤を傾ける。このワイン国産だが国際ワインコンクール優秀賞受賞蔵の作品。クラッシックを聴かせて貯蔵熟成させたという。そこに重きはおかないが、とにかくレベルが高い。軽井沢新聞という地元のフリーペーパーを読んでいたら、大賀ホールの西隣に「軽井沢美術館」(仮)の建設予定があるという。首都圏中心に学習塾を経営する「リソー教育」の岩佐会長という方の寄贈。
2009年03月08日
軽井沢の山荘へ
今年になりはじめての軽井沢。一度行こうと思ったが浅間山の小噴火で大丈夫と思いつつも出鼻をくじかれた。雨の関越を飛ばし金曜日の日没までには入れた。雨はあがっていたが気温は2度位。お店の開店率も低くまだ軽井沢は目覚めていない感じである。このシーズン山荘に入るには諸々準備がいるので、軽井沢駅で残りわずかとなった「峠の釜飯」を買い、「マツヤ」で食料を調達。夕食はそれで済ませる。何となくあれこれ片づけをして、楽しみのウィスキーのロックを飲みながら肩のこらない小説を読む。軽井沢の美味い水でつくった氷で飲むサントリーの白州の15年ものは格別。今回の読書のお供は宮城谷昌光氏の「風は山河より」(新潮社)。2年前の発刊時より読もうと思っていたがようやく手をつけれた。しかし、日頃の仕事の疲れと、軽井沢の心地よさに身を任せ零時をまわるころには意識はなかった。




